徐福伝説1 徐福伝説2 波田須  
 

「驚き去る徐仙子 深く入る前秦の雲 借問す超逸の趣 千古誰か君に似たる」

五言絶句 ー意訳ー
「徐福の物語を聞いて私は大きな驚きと感動の思いでこの地を去ろうとしている。空にかかる雲は遠く昔の秦の国に繋がっているように見える。もし、徐福に問えるならば彼の冒険話を聞いてみたいことだ。遠い昔から徐福のようにロマンに富んだ人生を送った人が他にいただろうか。」

寛政7年(1795)伊勢久居(久居市)の医師で作家でもある、橘南谿(たちばななんけい)は、木本の友人 宮崎医師宅に宿泊した。波田須の徐福の宮を訪ねて感動し、徐福や秦の始皇帝を偲んだ詩を詠み、ここ華城山の岩に筆で書き残した。後に木本の医師 喜田玄卓が雨露で消えてしまうのを惜しんで、新鹿の石工 大矢善助に彫らせ、文字岩と呼ばれるようになったという。なお玄卓は無断で石を刻んだというかどで代官所からお咎めを受けたという話も残っている。