徐福伝説1 徐福伝説2 波田須 ゆかりの地  

前ページで徐福が秦を出発したときに五穀の種・百工を積んでいたとありましたが、これは当時の中国の最先端技術や物資が満載されていたと思われます。
もし、徐福一行が熊野に上陸したとすればその文明が伝わったことになります。どんなものが伝わったのでしょうか。

《医薬学》
当時の秦では不老長生の仙薬を求めることが中心であったと思われるため、医薬学についてはかなり進んでいたと思われる。

《造船技術》
三千人もの童男女を共に日本まで来る船を造る技術はすでにあったと思われる。

《捕鯨》
『史記』には「神山には大鮫(鯨)に苦しめられて近づけない。上手な射手がほしい。連弩(連射できる強弓)で射止めたい」と徐福が始皇帝に訴えたとあり、捕鯨用の道具、射手をすでに持っていたと思われる。
『産業事跡考』では「徐福が初めて熊野裏で捕鯨の業を行い、本邦各地に伝播する」とある。

《製鉄》
中国で紀元前五一三年頃すでに鉄器生産の記録があり、斉には鉄官(官営の鉄工廟)があったという。

他に《農・産業》《窯業》《養蚕》《紡織》《製塩》《製紙》などの技術が伝わったとされています。


参考文献:熊野市役所 観光交流課発行『熊野波田須 徐福伝説の里を訪ねて』より