徐福伝説2 波田須 ゆかりの地  

徐福は今から2200年前、日本では縄文時代から弥生時代に移る時期に、中国の船団を率いて日本に到来したと伝えられています。

出身は斉(現在の山東省)で、身分は方士。神仙思想(東方の海上にある三神山に、不老長生のための薬を持つ仙人がいるという説)に基づく不老不死を実現するための呪術や祈祷・薬剤の調合に長け、医薬・天文・占術などに通じた学者でした。

紀元前二二一年中国全土を支配した秦の国の始皇帝は神仙思想を信じ、不老長生の仙薬を入手するよう徐福に命じました。
命じられた徐福は、東方海上にある蓬莱・方丈・瀛州(えいしゅう)の三神山にいるという仙人のもとへ、童男女と共に仙薬を求めて渡海することを上申し、その申し出に始皇帝は「童男女三千人、五穀の種、百工を派遣」したと中国の歴史書、『史記』に書かれています。

しかし、徐福は中国には戻りませんでした。
一説には、秦に滅ぼされた斉国の徐福が若者を引き連れて、新しい自分の国を作るために旅に出たとも言われています。『史記』には平原広沢を得たとあります。
では、平原広沢とはどこのことでしょうか。
中国の東方とは日本です。徐福が目指したのは日本かもしれません。

徐福像

日本列島沿岸沿いを中心に、徐福到来の伝承地がいくつかあります。その中でも熊野はその最有力地です。

熊野の他の徐福到来伝承地は次の通り。
鹿児島県串木野市・佐賀県諸富町・佐賀県佐賀市・高知県佐賀町・山口県上関町・広島県宮島町・京都府伊根町・和歌山県新宮市・愛知県名古屋市・愛知県小坂井市・山梨県富士吉田市・東京都八丈島・東京都青ヶ島・秋田県男鹿市・青森県小泊村 等


参考文献:熊野市役所 観光交流課発行『熊野波田須 徐福伝説の里を訪ねて』より